第三話




午前中で学校が終わり、午後は暇だということで、ロベルトはロックウェルの家に居座っていた。

「おい!人んちでタバコ吸うな!」

ロックウェルのベッドに堂々と寝転がり、雑誌を読みながらタバコをふかしていたロベルトはロックウェルに足蹴にされた。

「いてっ…無理だってー。だって今の状態最高なんだもん」
「タバコ臭いんだよっ」

言うが早くロックウェルはロベルトからタバコを奪い取り、流しに捨てた。

「あぁっひでぇ」
「これで我慢しろ」

ロックウェルはロベルトにチュッパチャプスを差し出した…。

「む…仕方ねえ」
「ワンルームだからすぐ煙が充満して困るんだよ」

空気を入れ替えるために窓を開け放ち、ロックウェルはキッチンに向かった。
窓から入り込む心地よい風に気分を良くし、ロベルトはチュッパチャプスを舐めながら再びベッドに横になった。
ここはアパートの一室である。高校に入学すると同時にロックウェルは一人暮らしを始めた。一人暮らしということで、ここはロックウェルの友達のたまり場となっていた。
約束もしてないのに突然誰かが押しかけてくることもあるが、別段迷惑に思うことも無く受け入れていたため、今ではロベルトなんかは単に寝るためだけにくることもある。ロックウェルとしても一人でいてもつまらないので、そんな友達の存在はありがたかった。

キッチンからは空腹を刺激するいい匂いがしてくる。
ロックウェルが昼ごはんを作っている間、ロベルトは特にすることもないので、再び雑誌を読み始めた。
「あ」

男性用のファッション雑誌に目を通していたロベルトはあるページに目を留めた。
よくある、街で見かけたおしゃれな男性のスナップ記事。

「生徒会長じゃん」

そこには学内でも一番有名なエドガー・ロバートソンが彼女とみられる女の人と二人で写っていた。
カッチリしたジャケットに、細身のデニム、ごつめのブーツと無造作に巻かれたストールが非常にバランスよく、長身のモデル体型も手伝って、他にスナップされた人たちの中で群を抜いて目立っていた。

「できたぞ。何みてんの」

ロックウェルが二人分の炒飯を持って机に並べ、雑誌に見入っているロベルトに話しかけた。

「これ、うちの生徒会長写ってんじゃん。あ〜炒飯うまそっ」

そういってロベルトはロックウェルに雑誌(とチュッパチャプス)を押し付け、できたばかりで湯気を立てる炒飯を食べ始めた。

「……(汗)。…そうそう。オレもびびった」

ロベルトの舐めかけチュッパチャプス(汚い…)を小皿に載せながらロックウェルが言った。

「ってか意外に生徒会長かっこよくね?なーんかあの人暗いし、陰険そうな感じなのに」

まだ暑い炒飯をはふはふしながらロベルトが言った。普段めったに笑顔を見せず、どこか皆を見下したような態度を時折見せる生徒会長のことを、ロベルトもロックウェルもあまり良く思っていなかった。

「いや、でもな、あいつ意外にやるよ。今マリアと付き合ってるし」
「え!マジ!?でもここに写ってるのマリアじゃないぜ?」
「遊び相手じゃねーの」

マリアはかつてのロックウェルの恋人である。美しく、大人びていて高校生らしくないところがロックウェルには魅力的で、しつこくアプローチした結果、付き合うことができた。
しかし、まだやんちゃなところがあるロックウェルと大人びたマリアでは価値観も違い、次第にすれ違いが多くなり、些細な喧嘩がきっかけでロックウェルの方から別れを告げた。
そして今は、マリアはエドガーと付き合っている。

「へぇー…マリアとねぇ」

ロックウェルがかつてマリアと付き合っており、それもあまりいい思い出ではないことを知っているロベルトはあいまいに返事を返し、炒飯を食べる手を動かし始めた。

「…ま、合ってるんじゃねーの。オレは無理だったけどー」
「お前はどんな奴が合うんだろうな」
「知らん。お前こそいい加減俺んちばっか来てないで、彼女でもつくれよ。まーだイザベルのこと引きずってんの」
「うっ…うるさい(泣)」

ロベルトが思いを寄せていたイザベルは、ロベルトの親友(?)、フランシスコと付き合っている。
あんななよなよしてて、都合の悪いことがあるとすぐ記憶喪失になる(ふりをする)ような奴より自分のほうが100倍かっこいいのに…とひそかに思っていることは一応秘密にしている。

昼ごはんも食べ終わり、特にやることも無く、テレビをつけたり音楽を聴いたりを繰り返しながら、ロックウェルとロベルトは時間をつぶしていた。

「なんかないの?」
「なにが」
「なんか」
「ない」
「……」

…そのまま一時間が過ぎた…。


ピンポーン♪

誰かが来たらしい。どうせろくな奴じゃないと思いつつ、ロックウェルは返事をして玄関を開けた。

「アン!」
「はろー♪遊びに来ちゃった。お邪魔しまぁす」

黒い髪を高い位置でポニーテールにした、快活そうな女の子が、ロックウェルが了承しないうちに部屋に上がりこんだ。

「うぉっ!アンじゃねーか」
「あら、ロベルト。あれぇ?今日はエミリオ来てないわけ?」
「てめぇ…勝手に入るな(怒)」
「いいじゃなーい。もったいぶるほどの部屋でもないわよ」

しれっと言い放つと、アンはベッドに腰掛けた。

「キッドに聞いたらね、エミリオは急いで帰った、なんていうからさぁ、あんまりにお腹が空きすぎてあんたんちにダッシュしたのかと思ったんだけど、違ったみたい」
「意味がわからんな(汗)あいつはバイトだよ」
「なぁんだぁ。もしかして、もしかしたらあの小娘と会ってるんじゃないかなんて心配したのよ」
「エレーヌのことか?付き合ってんだからそりゃ会うときもあるだろ」
「だめ!許さない!!!あんた達みたいな悪党からねぇ、エミリオを守れるのは私だけなんだから!」
「ひどい言われようだな…(汗)」

暇人二人が三人になったところでやはり暇には変わりなかった。

「アン、なんかないの?」
「なにが?」
「なんか面白い話」
「え〜そういう振られ方はやりづらいわ」
「お前、人んち来ておいてネタの一つもないってか?」
「女の子に無茶なフリしないでよ(汗)あんたたち、今まで何してたの?」
「…別に…なんも…」
「…特に…」
「……」

…そのまま一時間が過ぎた…。

ピンポーン♪

再び玄関の呼び鈴が鳴る。

「エミリオかも!」
「あいつはバイトだっつーの」

アンがはじかれた様に立ち上がり、エミリオであることを期待しつつ玄関に向かった。

「はーい♪」
「ヘヘッどーもどーも」
「……」

そこには、短髪をガチガチに立ててセットした、小柄な男。ドアを開けた先にたっていたその男は、へらへら笑いながら会釈をした…が、なぜかアンに殴られた。

「何するんッスかぁ!?(泣)」
「なんとなく不快だったのよ」
「なんて凶暴な女ッス…。とりあえず、俺は隣の部屋に越してきたものッス。それで挨拶に来たんスけど…」

まったく理不尽な扱いを受け、すっかりやる気をなくした男は、それでも一応粗品のつぶれた饅頭を差し出した。

「あら、ありがとう。ロックウェル!隣の部屋の人だって!」
「え?ロックウェル?」
「…なんかすごい音がしたけど…」

心底いやそうな顔をしながら玄関にロックウェルが顔を出した。

「……」
「……?あぁ、わざわざどーも。ちなみにここはオレの部屋だから、この女は関係な…」
「あんたがロックウェルさん!?」
「…は?」
「あの、俺は同じ高校の一年の、聞き耳って言います!ロックウェルさんのこと、一度見てみたいと思ってたんスよ!」

男は興奮しながらまくし立てる。一方ロックウェルはわけがわからないといった顔で男を見た。

「はぁ…っていってもお前一年だろ?なんでもう俺のこと知ってんだよ」
「いやぁ、ほんとにかっこいいッス!これは皆が騒ぐのがうなずけるッス!」

言いながら聞き耳(本名らしい)はロックウェルの手を両手で握り、ぶんぶんと振った。

「な、なんだお前はッ(汗)だからなんで知ってんだって聞いてんだよッ(汗)」

異常なテンションの男に若干引きつつ、ロックウェルはなんとか尋ねた。
はっとしたように聞き耳は手を離し、大げさに何度も深呼吸し興奮を収める。(この仕草にアンは大いにイラついた)

「ロックウェルさん、今日一年の教室にきたでしょ。オレはいないときだったんスけど、教室戻ってきたらみんながすげーかっこいい先輩がきたって噂してて」
「ん?…あぁ」

そういえば、とロックウェルは思い出した。エミリオの彼女のエレーヌが入学してきたと聞いて、ロベルトとキッドと共にエレーヌを見に行ったのだ。
	
「確かに顔出したけど…行ったって言っても、一瞬だったし………ってお前は何勝手にあがってるんだ!!(汗)」
「うっはぁー!ここがロックウェルさんの部屋かぁ〜!」

ロックウェルの制止の声にかまわず、聞き耳は勝手に部屋に侵入していた。

「うぉ!?あなたは!」
「な、なんだ?(汗)」

再びチュッパチャプスを舐めていたロベルトは突然の騒がしい来訪者に驚きを隠せない。

「あなたは…不良でありながらサッカー部のエースでうちの高校を全国大会にまで導いたはいいけどそれを機に同学年のイザベルさんに告白したら見事玉砕した上慰めてくれた親友がいつのまにか彼女と付き合っていたという噂のロベルトさん!?」
「なんで知ってんだぁぁ!!!(汗)」
「いやぁ、こんな有名人の方とお会いできるなんて、ここに越してきてよかったなぁ!」
「何!?なんか馬鹿にしてない!?(汗)舐めてんの?ねぇ、不良舐めてんの?」

聞き耳はロックウェルの部屋を物色し始めた…。

「おい!お前っ(汗)」
「おぉっ!このジーパンどこのスか!?超〜かっちょいいじゃないッスかぁ☆」
「…ってお前履くんじゃねぇ!(怒)」
「だめッス…足の長さが足りなかったッス…テイクアウトするッス」
「持ち帰るな!!」
「うわ〜机の上の本棚、めちゃいっぱい雑誌あるッスねぇ!何々…全部ファッション雑誌じゃないッスか。あんた何しに学校来てんスか」
「余計なお世話だ(怒)」
「お!これは中学の卒業アルバム!どれどれ…」

パッカーーーン☆

ドサッ……

「…はぁ…よくやった、アン」

アンの華麗な蹴りが聞き耳の後頭部に炸裂し、彼は意識を飛ばした…。

「さーて、どうするか…っておーい、ロベルト(汗)」

ロベルトは聞き耳の意識がないのをいいことに、彼の口に大量のチュッパチャプスを詰め込んでいた…。彼なりの復讐のツモリらしい。

「じゃぁ、あたしはもう帰るわ。こいつが起きたらめんどくさそうだし。じゃ、また明日ね〜♪」

彼をぶっ飛ばした張本人は、そう言うとさっさと帰っていった。
残った二人は、とりあえず伸びている聞き耳はそのままに、再びゴロゴロしてすごしていた。

夜…

「…ん?あれぇ?俺寝てたんスかぁ?」
「そーだよ、起きたならさっさと帰れ」
「なんか心なしか頭が痛いッス…」
「気のせいだろ…」

後頭部をさすりながら、聞き耳は起き上がった。時計を見るともうすでに夜。こんな時間まで起こさずに寝かせておいてくれるなんて、彼はなんて優しいんだろう、ってかもう俺愛されてんじゃない?俺ら付き合ってるんじゃない?などとあらぬ妄想をしつつ、声のしたほうを見るとロックウェルがちょうど風呂から出てきたところで濡れた髪をタオルでガシガシ乾かしているところだった。

「ロックウェルさん…」
「なんだよ。早く帰……って貴様!!抱きつくんじゃねぇ!!」
「またまたぁ〜部屋に男を連れ込んでおいて風呂にはいるなんて、誘ってるとしか思えないッスよ☆」
「わけのわからんことを言うな(汗)!」

バキッ

聞き耳は再び意識を飛ばした…。
これ以上この男を自分の部屋においておくのは危険だと察知したロックウェルは隣の部屋のドアの前に放置することにした。

「……これからこいつが隣の部屋にずっといるのか?…考えたくねぇ…(汗)」

…かくしてロックウェルの心に新たに芽生えた不安とともに夜は更けていくのだった…。